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東京高等裁判所 平成9年(行コ)25号 判決 1998年3月25日

控訴人

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外三名

被控訴人

後藤雄一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  事案の概要等

事案の概要等は、次のように改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要等」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決八頁四行目の「債権者の印影」を「債権者の口座及び債権者の印影等(担当者印を含む)」に改める。

二  同一〇頁の二行目の次に行を改めて次のように加える。

「7 控訴人は、本件控訴提起後の平成九年四月一一日、条例の運営方針として平成七年一〇月に策定した「会議費に関する公文書の開示基準」を全面的に改定して、次のような開示基準を定めた(乙二五号証)。

すなわち、会議費に関する公文書については、都政の透明度を高めるため、会議費の類型や会議の実施年度にかかわらず、基本的事項については、相手方や開催場所を含め全面的に開示することを原則とすることとした。具体的には、相手方の情報のうち、氏名の開示については、平成八年四月に、平成八年度以降、飲食を伴う随時の協議・打ち合わせは原則として全廃し、例外的にこれらの会議を開催する場合は、その会議に出席する相手方氏名や会議開催場所について開示することとし、平成八年度以降に開催される会議の出席者には当該会議の出席者名が開示されるものであることが周知されていたので、相手方が公務員であるか私人であるかを問わず条例九条二号ロの規定する「実施機関が作成し、又は取得した情報で公開を目的とするもの」に該当するとしてこれを開示することとした。これに対し、平成七年度以前の会議出席者には開示することが周知されていないことに加えて、平成七年度以前の会議のうちには不適正処理を伴ったものがあったことなどを踏まえ、平成七年度以前の会議開催に関する公文書の開示基準を出席者が公務員であるか私人であるかによって、次のように設定した。

(一)  相手方が国及び地方公共団体の公務員で公務の遂行として出席した場合

(開示する項目)

開催年月日、支出金額、支出内訳、出席者数、会議等の名称、開催目的、都の出席者氏名、都の出席者の具体的な役職名、相手方の所属団体、相手方の氏名、相手方の具体的な役職名、開催場所、債権者名

ただし、不適正処理であったために所要経費を返還した会議に関する公文書に記載されている相手方の氏名及び氏名が識別され得る具体的な役職名については、開示した場合相手方の名誉を故なく傷つけるとともに、私生活への影響も考えられることから非開示とすることとした。

(非開示とする項目)

債権者の口座、債権者の印影等(担当者印も含む)

(二)  相手方が私人の場合

相手方が私人の場合には、相手方の氏名及び相手方の具体的な役職名を非開示とし、その他は相手方が公務員の場合と同一に扱うことにした。

8 控訴人は、本件控訴提起後に定めた右開示基準に従って本件議案課文書のうち八一号議案課文書及び八三号議案課文書については、相手方の具体的な役職名を除いて被控訴人が開示を求めるすべての項目を開示し、その余の本件議案課文書については、被控訴人が開示を求めるすべての項目を開示した。これに伴い被控訴人は右開示部分についての本訴請求を取り下げた。」

三  同一〇頁一〇行目から同一九頁四行目までを次のように改める。

「 条例九条二号は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人が識別され得るもの」が記録されている公文書は開示しないことができる旨規定しているところ、八一号議案課文書及び八三号議案課文書中の各起案文書(以下「本件二通の議案課起案文書」という。)には、会議出席者の相手方として都議会会派の役職名が記載されており、それによって私人である特定個人が識別され得るので、右相手方の記載部分は条例九条二号に該当する。

本件二通の議案課起案文書は、平成六年作成の文書であり、相手方が私人であるから、前記のとおり平成九年四月一一日に新たに定められた開示基準によっても、相手方の具体的な役職名は非開示とされるものである。のみならず、右各文書は、不適正な処理が行われたために所要経費を返還した会議に関するものであり、相手方は会議の相手方として自己の役職名を不適正な行為に冒用されたものである。このような文書において相手方である個人が識別され得る役職名を開示すれば、右不適正な会計処理が行われたという情報と相まって右被冒用者が右不適正な処理に加担したかのような外観を呈することになり、被冒用者の名誉が毀損されるおそれが生じるとともに新たなプライバシーの侵害が予想される。また、仮に、控訴人において被冒用者が不適正な処理に加担したものでないことを外部に明らかにしたとしても、当該公開された公文書に記載された情報自体からは当該記載に被冒用者が加担したか否かは一見して明かではないことからすると、事情に精通しない第三者が右文書に接した場合被冒用者が不適正な処理に関係したと誤信する可能性もあるので、これを開示することは相当ではない。

(二) 被控訴人の主張

控訴人は、不適正な会計処理が行われた会議に関する支出命令書や起案文書の各葉に「支出命令取消により返還済」という印を押した上でこれを開示しており、右各文書は一見して不適正な処理がされた文書であることが分かるから、これを開示したからといって被冒用者が不適正な処理に加担したと勘ぐられるようなことはあり得ない。」

四  同二〇頁一〇行目の次に行を改めて次のように加える。

「 また、従事職員の氏名及び従事職員確認印を開示すると、東京都職員名簿(乙第二〇号証)から当該職員の職名(主任又は係長(主査)等のいわゆる肩書)が明らかになり、「初任給、昇格及び昇級等に関する規則」及び公表されている東京都職員給料表(乙第二一号証)を利用すれば、当該職員のおおよその給料月額が推定されることになる。特に、係長(主査)以上の職員については、公刊されている「都区政人名鑑」(乙第二七号証)に、その採用年次、主任昇任年次及び係長(主査)昇任年次がそれぞれ記載されているため、これと右東京都職員給料表を併せ利用すれば、当該係長(主査)の給料月額はより具体的に判明することとなる。さらに、職員の給与に関する条例一八条及び職員の給与に関する条例施行規則一二条によれば、当該職員の一時間当たりの超過勤務手当の額が算出され、個人の超過勤務手当の額をも推定することができるところ、給与所得額及び超過勤務手当額は、個人の所得に関するものとして典型的な個人に関する情報であるから、結局超過勤務命令簿の職員名は、条例九条二号に規定する非開示情報に該当する。」

五  同二一頁五行目の次に行を改めて次のように加える。

「 控訴人の職員名簿は都庁三階の売店で販売されているが、控訴人は、一方で職員のおおよその給与が明らかになる名簿を販売しながら他方で超過勤務命令簿の氏名を公開しないとすることは矛盾している。また、条例は、あくまでも一般人を基準に制定されているものであって、控訴人主張のようないくつもの役所内部の情報を組み合わせることを念頭に制定されたものではない。」

第三  証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する各目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  条例第九条第二号について

条例は、公文書、すなわち、実施機関(知事その他の東京都の執行機関)の職員が職務上作成し、又は取得した文書等であって、実施機関において定めている事案決定手続等が終了し、実施機関が管理しているものを都の区域内に住所を有する者等に対して原則として開示することとし、その開示の手続等を定めたものであるが、その第九条は、実施機関が例外的に開示しないことができる公文書について定めている。そして、同条第二号、公文書に「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人が識別され得るもの」が記録されているときは、当該公文書に係る公文書は開示しないことができる旨を規定している。条例がこのように規定することとなったのは、証拠(甲第六号証、乙第二三号証、第二四号証)によれば、次のようなことが考慮された結果であったと理解される。

すなわち、公文書の開示を請求する都民の権利は十分に尊重することが必要であるが、同時に、個人に関する情報がみだりに公にされることがないように最大限の配慮がされなければならない。このことは、条例第三条が明言するところであり、実施機関が公文書を開示することにより、他方で個人生活に関する権利、利益が不当に侵害されることがないように防止することが必要であるからである。そして、個人生活に関する権利、利益に対する不当な侵害の典型は、いわゆるプライバシーの侵害であるが、「プライバシー」の概念は、法令上も、判例上も、未だ十分に確定しているとはいえないので、条例中に「プライバシー」という語を用いてそのことを規定することには問題があると考えられた。そこで、条例第九条第二号は、「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」という客観的な概念を用い、これに該当する情報が記録された公文書は、原則として、開示しないことができることとし、ただ、同号ただし書に掲げる情報、すなわち、イ 法令等の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報、ロ 実施機関が作成し、又は取得した情報で公表を目的としているもの、ハ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、開示することが公益上必要であると認められるものが記録された公文書は、その例外とし、開示しなければならないものと定めることにより、公文書の開示による利益とそれにより個人が受ける不利益との調整を図ることとした。

条例第九条第二号が以上のような配慮に基づいて規定されたものであることにかんがみ、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものに該当する情報が記録されている公文書は、その情報が前記イ、ロ、ハに掲げる情報に該当しない限り、それを開示することにより実際にいわゆるプライバシーないし個人の生活に関する権利、利益が侵害されることになるか否かを問うことなく、これを開示しないことができるものとする趣旨であると解するのが条例の趣旨に適合する解釈であるというべきである。しかし、前に判示したところに照らして明らかなように、条例が個人に関する情報を記録した公文書を原則として開示しないこととしたのは、いわゆるプライバシーないし個人生活に関する権利、利益の不当な侵害を防止しようとする意図に出たものであるから、「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当するかどうかは、文書の表現から形式的に判断することなく、右の条例の趣旨に沿って実質的に判断すべきである。したがって、例えば、実施機関の職員がその職務の執行としてした行為を記録した公文書は、たとえその職員個人が識別され得るため、形式的にはその職員個人に関する情報を記録した文書であるといえるとしても、それが開示されることによりその職員のプライバシーないし個人生活に関する権利、利益が侵害されることになるとはおよそ考えられないから、実質的には「個人に関する」情報を記載したものには該当しないと解すべきであるし、また、その公文書の表現上は特定の私人に関する情報を記録したものであるように見えても、その文書の性質上、当該個人に結びつく情報を内容とするものでないことが客観的に明らかであるものも、「個人に関する」情報を記載したものには該当しないと解すべきである。

このような観点から、以下において、本件の各文書が「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」を記録したものに該当するかどうかについて検討する。

二  本件二通の議案課起案文書の開示について

本件二通の議案課起案文書は、いずれも東京都財務局主計部議案課が作成した「議会対策会議の開催について」との件名の起案文書であり、都議会の平成六年度定例会の開催を前にして、円滑な議会運営を期するため、都側から財務局の幹部数名が出席し、都議会の特定会派の役職者数名との懇談会を開催し、定例会の運営その他について意見交換を行うことについて決裁を求めた文書であって、同文書には、懇談会の相手方出席者として都議会の特定会派の具体的な役職名が記載されていて、その役職名から特定の個人を識別することが可能であるが、その個人は都議会議員ではない私人であることから、その文書の表現上は、特定の私人に関する情報を含む情報を記録した公文書であると見られるものである(甲第一七号証、第一八号証、弁論の全趣旨)。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、右各文書に記載された懇談会は実際に開催されたものではなく、そこに相手方出席者として記載されている者は、あたかも出席者であるかのようにその役職名を冒用されたにすぎず、実際に懇談会に出席したことがないことはもとより、そこに自己の役職名が記載されていることも知らなかったのであり、この懇談会の開催のための費用として支出された会議費は、後に不適正な会計処理によって支出されたものであるとして返還する措置が取られたことが認められる。なお、右各文書の各葉には「支出命令取消により返還済」という印が押され、右のとおり会議費が不適正な会計処理によって支出されたものであるとして返還する措置が取られたことが明らかにされている(甲第一七号証、第一八号証)。

このように右各文書は真実を記載したものではなく、しかも、そこに懇談会の出席者として記載された者は、その役職名を冒用されたものであり、そこにその役職名が記載されていることも知らなかったものであってみれば、右各文書に記載された内容は、その者に結びつく情報を何らその内容に含むものではないことが明らかであるから、右各文書は、その者の「個人に関する情報」を記載したものには当たらないというべきである。

なお、控訴人は、右各文書を開示した場合には、そこに懇談会の出席者として記載された者が不適正な処理に加担したかのように誤解される恐れがあると主張する。しかし、右各文書が真実を記載したものでないことは控訴人自らが認めるところであるのみならず、前示のとおり右各文書の各葉には「支出命令取消により返還済」という印が押されているから、右各文書が不適正な会計処理に係るものであることはこれにより推認されるし、会議の開催について決裁文書が作成されながら、その会議が実際には開催されなかった場合に、その決裁文書に出席者として記載されている者がその文書に係る不適正な処理に加担したとみるのが通常であるとはいえないから、控訴人主張のような誤解を招く恐れがあるとは認め難い。また、右各文書の記載から控訴人主張のような誤解をする者が全くないとはいえないにしても、そのことから右各文書が個人に関する情報を記録した公文書であることになるものではない。

そうすると、本件二通の議案課起案文書は条例第九条第二号に規定する個人に関する情報を記録した公文書に該当しないから、控訴人が被控訴人に対して平成七年一二月六日付け七財主議第五六二号でした公文書一部開示決定の非開示部分中の本件二通の議案課起案文書に関する部分の取消しを求める部分は理由がある。

三  本件超過勤務命令簿の開示について

証拠(乙第六号証の一ないし一一)によれば、本件超過勤務命令簿には、職員の所属課、職、氏名、超過勤務を命じた日、超過勤務を命じた時間、勤務内容、超過勤務を実施した時間、単価、支給額等の記載欄があるほか、超過勤務命令者の印並びに超過勤務従事職員、係長及び超過勤務命令者の各確認印の欄が設けられていることが認められる。これらの欄の記載(ただし、被控訴人が開示の請求をしていない単価及び支給額の欄の記載を除く。)及び押印は、要するに、どの職員に対し、いつ、誰が、どのような内容の超過勤務を命じ、それがどのように実施されたか、換言すれば、職員の超過勤務の実施の状況を記録したものにほかならない。

そして、控訴人は、これらの欄の記載又は押印中、職員の氏名、勤務内容、超過勤務従事職員の確認印及び係長の確認印を開示すると、超過勤務を行った特定個人が識別されることになるから、本件超過勤務命令簿に記録された情報は、個人に関する情報であると主張するが、前示のとおり、職員がその職務の執行としてした行為を記録した公文書は、たとえその職員個人が識別され得るため形式的にはその職員個人に関する情報を記録した文書に当たるとしても、それはその職員の公務員としての公的活動に関する情報を記録したものであって、それが開示されることによりその職員のプライバシーないし個人生活に関する権利、利益が侵害されることになるとは考えられないから、実質的には、「個人に関する」情報を記載したものには該当しないと解すべきであり、本件超過勤務命令簿は、職員の超過勤務の実施の状況を記録したものであって、まさにこれに該当するというべきである。

もっとも、例えば、本件超過勤務命令簿の職務内容の欄中に、職員の心身の健康状況のような当該職員の私的な事情が記載されているとすれば、その部分は、職員が職務の執行としてした行為を記録したものではないことが明らかであり、個人に関する情報として開示の対象から除外されるべきであるが、控訴人は、本件超過勤務命令簿にそのような記載があることを主張していない。

そして、控訴人は、超過勤務に従事した職員の氏名を開示すると、東京都職員名簿、東京都職員給料表、標準昇給経過表、都区政人名鑑等を利用することによりその職員の給料額を推定することができ、さらにそれに基づいてその職員の超過勤務手当額も推定することが可能になるから、本件超過勤務命令簿中の超過勤務に従事した職員の氏名その他その職員を特定し得る情報は、個人に関する情報に当たると主張する。しかしながら、超過勤務手当額は、超過勤務に従事した職員の一時間当たりの給与額と超過勤務に従事した時間とによって算定されるものであるところ、本件超過勤務命令簿を開示しても、これによって明らかになるのは超過勤務に従事した時間のみであるから、超過勤務手当額を開示したことになるものでないことは明らかである。そして、確かに、控訴人主張のような各種の資料を併せ利用すれば、職員のおよその給与額を推定することが可能であり、したがって、その職員の超過勤務手当額を算定する基礎となる一時間当たりの給与額を推定することも可能であり、この推定とその職員の超過勤務に従事した時間とを組合わせることによって超過勤務手当額を推定することが可能になるとしても、それはあくまでも推定にすぎず、しかもその推定が可能であるのは、その職員の給与額の推定が可能であるからなのであって、本件超過勤務命令簿の開示とは直接の関係はないというべきである。したがって、控訴人の前記主張は理由がない。

そうすると、本件超過勤務命令簿は、条例第九条第二号に規定する個人に関する情報を記録した公文書には当たらないから、被控訴人が控訴人に対して平成八年一月一二日付け七情報報第五一号でした公文書一部開示決定の非開示部分(ただし、単価及び支給額の欄を除く。)の取消しを求める部分は理由がある。

四  以上のとおりであるから、被控訴人の本件請求を認容した原審の判断は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青山正明 裁判官高田健一 裁判官六車明)

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